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大阪地方裁判所 平成10年(行ウ)73号 判決 1999年5月25日

主文

一  原告らの被告国及び被告大阪府知事に対する訴えをいずれも却下する。

二  原告らの被告関西国際空港株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

一  被告国に対する訴えの適否について

原告らは、被告国に対し、本件空港を離着陸する航空機の陸上飛行の差止めを求める訴えを提起しているが、右訴えは民事訴訟としての差止請求訴訟であるのか、あるいは無名抗告訴訟としての義務付け訴訟であるのか、又は行政事件訴訟法上の当事者訴訟であるのか、主張されている請求原因事実からは必ずしも明らかでない。

1  そこでまず、原告らの右訴えが民事訴訟としての差止請求訴訟とした場合の適否について検討する。

本件空港のような我が国において基幹となる公共用飛行場については、航空機の離着陸の規制等の空港の本来の機能の達成実現に直接かかわる事項については、運輸大臣の航空管理権に基づく管理と航空行政権に基づく規制とが不可分一体的に行われるものであることから、右のような差止請求は、不可避的に、航空行政権の行使の取消変更又はその発動を求める請求を包含することになるというべきである。したがって、原告らは被告国に対しておよそ私法上の給付請求権を有するものではなく、右訴えは民事訴訟としての差止請求訴訟としては不適法である(最高裁昭和五六年一二月一六日大法廷判決・民集三五巻一〇号一三六九頁参照)。

2  次に、原告らの訴えが無名抗告訴訟としての義務付け訴訟とした場合の適否について検討する。

無名抗告訴訟は、当該の処分又は裁決をした行政庁を被告とすべきであるところ(行政事件訴訟法三八条一項、一一条一項本文)、ここにいう「行政庁」とは、具体的な法令の規定に基づいて国又は公共団体の意思を決定して外部に表示する権限を有する者のことである。そして、航空法三七条によれば航空路の指定は運輸大臣が行うこととなっているから、右の指定についての無名抗告訴訟については、被告国に被告適格がないというべきである。

3  最後に、行政事件訴訟法上の当事者訴訟とした場合の適否について検討するに(同法四条前段の形式的当事者訴訟とすることを認める法令はないから、本件訴訟を形式的当事者訴訟と解する余地はないので、同条後段の実質的当事者訴訟について検討する。)、公権力の行使又は不行使を求める訴えは同訴訟としては不適法であると解されるところ、原告らの右訴えは前述のごとく運輸大臣の航空行政権の行使の取消変更ないしその発動を求めるものとなり、公権力の行使又は不行使を求めるものであるから、結局、不適法であると解するほかない。

4  原告らの被告国に対する訴えは、以上のとおり、いずれの形態の訴えであると解しても不適法なものとして却下を免れない。

二  被告会社に対する訴えについて

原告らは、請求の趣旨2において、被告会社に対し、生存権及び人格権に基づいて、環境影響評価を改めて実施するよう、また、その間陸上飛行をする航空機に本件空港の使用許可を出さないことを求めている。

しかし、生存権については、国民が国に対して有する権利であって、被告会社に対する請求の趣旨2のような内容の請求権を基礎付けるものたり得ないし、人格権についても、環境影響評価の実施は、大阪府環境影響評価要綱(〔証拠略〕)に基づいて行われる行政上の手続であって、私人が人格権に基づいて被告会社に対して実施を請求できるものではなく、いずれにしても、被告会社に対して請求の趣旨2の内容の請求をする実体法上の根拠となるものではない。原告らのこの点に関する主張は失当であるというほかない。

三  被告知事に対する訴えについて

1  請求の趣旨3の内容は必ずしも明らかではないが、被告知事に対し、本件公有水面の埋立免許を「撤回し、無効とする。」との裁判を求めているものと解される部分以外は、その内容は不明確、不特定である。

本件公有水面の埋立免許の取消し(撤回)を求める部分は、被告知事が被告会社にした右免許を被告知事が撤回すること(いわゆる自庁取消し)を求める義務付け訴訟と解し得るとしても、右訴訟が適法となるためには、<1>行政庁が処分をなすべきこと又はなすべからざることについて法律上覊束されており、行政庁に自由裁量の余地が全く残されていないなど第一次判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要ではないこと(明白性の要件)、<2>事前審査を認めないことによる損害が大きく、事前救済の必要性が顕著であること(緊急性の要件)、<3>他に適切な救済方法がないこと(補充性の要件)という三要件が必要であると解される。ところが、被告知事がした右免許は授益処分であるから原則として撤回できないというべきであり、右<1>の要件である被告知事が既にした右免許を撤回することが一義的に義務付けされていることが法律上明らかであるとは到底いえない。

そうすると、請求の趣旨3の右部分は、義務付け訴訟と解し得るとしても不適法である。

2  次に、本件公有水面の埋立免許についての部分を取消訴訟又は無効確認訴訟と解し得るとしても、取消訴訟は当該処分の取消し又は無効確認を求めるにつき「法律上の利益を有する者」に限り訴えを提起できるところ(行政事件訴訟法九条、三六条)、原告らが「法律上の利益」を有するのかすなわち原告適格があるのかがまず検討されなければならない。

ここで「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利もしくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消し又は無効確認によってこれを回復すべき法律上の利益をもつ者に限られるべきであり、右にいう法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であって、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである(最高裁判所昭和五三年三月一四日判決・民集三二巻二号二一一頁、同昭和五七年九号九日判決・民集三六巻九号一六七九頁、同昭和六〇年一二月一七日判決・判例時報一一七九号五六頁、同平成元年二月一七日判決・民集四三巻二号五六頁、同平成四年九月二二日判決・民集四六巻六号五七一頁、同平成九年一月二八日判決・民集五一巻一号二五〇頁参照)。このような観点からみると、原告らが本件公有水面の埋立免許の取消訴訟又は無効確認訴訟を提起していると解し得るとしても、原告適格を基礎付ける事実を具体的に主張していないというほかない。よって、原告らの訴えは不適法である。

3  なお、原告らは、請求の趣旨3において、埋立免許の取消し(撤回)とは別に、被告知事に対して「陸上飛行をさせない措置」を執るよう求めており、これを被告知事に対する何らかの作為を求める訴えであると解する余地があるかもしれない。しかし、そのように解すると原告らの訴えは無名抗告訴訟たる義務付け訴訟であると解されるところ、無名抗告訴訟は、処分権限ある行政庁を被告として提起されなければならないのに(行政事件訴訟法三八条、一一条)、航空法上、航空機の飛行経路決定に関し、都道府県知事には何ら権限が与えられていない。それゆえ、原告らの右訴えは被告適格を欠いたもので不適法である。

4  したがって、請求の趣旨3の訴えは、いずれにしても不適法であるから却下を免れない。

四  以上のとおりであり、原告らの被告国及び被告知事に対する訴えはいずれも不適法であるから却下し、また、原告らの被告会社に対する請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 青木亮 谷口哲也)

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